Christian Life

2月にログチャペルで行われた「10分集会」から、2名の証をご紹介いたします

最善の道は‥‥橋本紗代

 早いもので、このキャンパスで働き始めてからまもなく1年が経とうとしています。始めは病院と学校の違いの大きさに戸惑うことが多く、1年持つかな……と思ったこともありましたが、周りの方々にたくさん支えていただき、ここまで来ることができました。本当に感謝しています。
 今日は、私が病院で働いていた時のある体験をお話ししたいと思います。
 私は病棟で勤務しておりましたが、そこである50代の男性患者さんと関わらせていただきました。その方はがんを患って、ホスピス病棟への入院を希望されていましたが、病棟が満床のためベッドの空きが出るまで一時的に私の勤務する病棟に入院されていました。その方とは、入院されたその日から関わらせていただき、入院するまでの経過やこれまでの様々な薬を試し、また抗がん剤の投与を行ってこられたことなどお話しくださいました。このとき私は、その方とお話しした中で一つ疑問に思ったことがありました。それは、その方の病気に対して効果が出ていた抗がん剤を途中でやめたということでした。抗がん剤はとても体力がいる治療なので、場合によっては医師から耐えられないと判断された場合に辞めざるを得ないこともありますが、まだ50代と年齢が若かったので、治療に耐えられる体力はあったと考えられました。そして何より、お子様やご家族もいらっしゃったので効果のあった治療を途中でやめたというその決断は、私にとってとても疑問に残るものでした。
 しかし、その後、そんな私の疑問はとても小さな考えであったと感じることになります。その方はこんなことを話されたのです。
 「私は、自分の力がある限り、最期まで自分の足で歩きたかったのです。治療による副作用で足がしびれて車いすの生活になるなら、それは自分ではないと思いました。力がある限り自分の足で歩いていろんなところを旅したり、家族と過ごしたりしたかった。歩けなくなるということは、病気が進むことより辛かった」ということでした。彼の病気に対する抗がん剤は、歩けなくなるくらい足に強くしびれが出るという副作用が伴うものだったのです。
 その言葉は、当時の私の看護師観を大きく変えるものでした。看護の仕事は、患者様にとっての人生の選択にかかわる仕事、それを決断するその時に携わる仕事ということです。その答えは治療することかもしれないし、反対に治療しないことかもしれないということです。また、もう一つ考えさせられたのは、自分が良いと思っていることが必ずしも相手にとっての最善ではないかもしれないということでした。そして、その最善の道を選ぶとき、その人の話に耳を傾け、一緒に悩み、考えていくことが大切なのではないかということを感じました。この患者様との関りは、私にとって本当に考えさせられるものであり、今でも大切にしている心に残る体験です。
 私はこれまでたくさんの人に出会い、神様に守られながら日々生活し、病院や学校での働きを通していろいろな経験をさせていただきました。私は、皆さんもご存じのとおり、このキャンパスで生まれ育ちました。また、学生時代もずっと三育という環境で生活し、毎週当たり前のように教会に通うことができる恵まれた環境で生活することができていました。しかし、学生での学びが終わり、働くようにようになり、様々な人たちと出会い、感謝できる環境がある一方で、勤務の関係もあり、毎週教会に通うことが難しい状況になっていきました。はじめは土曜日に教会に行けないことに対して、自分の中で違和感を感じていたはずなのに、だんだんとそれが当たり前になっていったり、また初めてクリスチャンが少数という環境に戸惑いが大きく、それまで守られた環境で育ってきたゆえに、信仰を持ち続けることに対してぶつかる壁も大きかったように感じています。
 今年度このように、このキャンパスに戻ってきて働く機会が与えられたことは、私にとって本当にありがたかったと感じています。毎週教会に行けること、賛美歌にたくさん触れ、それに参加する機会も与えられたこと、同じ方向を向きながら言葉に出して祈りあえることの幸せを感じ、自分自身のリセットボタンを押されたような感覚になっています。また、ときには悩んだり、失敗してしまったりすることもありましたが、ここに来なければできなかったたくさんの出会いがあり、生徒と毎日一緒に過ごし関わる中で、本当にたくさんの貴重な経験をすることができました。
 この1年を振り返り、この表現が正しいかどうかわかりませんが、神様との関係の栄養補給をすることができたと感じています。残り少ないここでの生活ですが、与えられたことに日々感謝しながら、生活していきたいと思っています。


主は将来を与え、希望を与えてくださる春名ちよ子

 私のことをよく知っている方も、あまり知らない方もあると思います。最初に自己紹介させていただきます。実は、アメリカで生まれていた……かもしれない、スミルナ寮モニター、春名ちよ子25歳。埼玉県出身、沖縄在住です。7年前にこの広島三育学院を卒業しました。
 モニターとして来る前はというと、生徒たちは勝手に「たこ焼きを道端で焼いていた……」などと、あること無いことを言っていますが、本当は沖縄のリゾートホテルの高級洋食レストランで、鉄板焼きの焼き手として働いていました。ちなみにここの鉄板焼きのディナーコースは低価格コースで12,000円という料金をいただいていました──元社員として宣伝させていただきますと、真っ青のきれいな海を眺めながらのおいしいビュッフェと、さらに、本物のイルカとも触れ合える、カップルでもファミリーでも楽しめる「ルネッサンスリゾートオキナワ」に、機会があればぜひ行ってみてください。
 気づけば、モニターとして残すところひと月もありません。この1年を振り返ると、本当にいろいろなことがあり、たくさんのことを考えさせられ、感じることのできた1年でした。
 昨年3月末にこのキャンパスにやってきて、モニターの仕事が務まるのかと不安を抱える私に、わがスミルナ舎監長は、たたみかけるように「本当に大丈夫? 本当にできるの?」と、軽く笑いながら何回も……さらにはとどめを刺すように「前のモニターは仕事できたからさぁ、頑張ってぇ」と、プレシャーのお言葉。それをサラッと言われ、モニターの仕事がスタートしました。
 仕事が始まった当初、分かっていたことですが、生徒の名前と顔が一致しない現実──思っていた以上に、何をするにも名前と顔がつきものですから、これがモニターの仕事に一番大きな最初の障害でした。もちろん、今では完璧に覚え、仕事もそれなりに板についてきたと自負しております。
 私は、モニターという仕事をするうえで「あること」を徹底していました。それは「生徒との距離感」です。なぜ「距離感」かというと、モニターは、教師でもなければ舎監でもない、微妙な立場だからです。その距離感を保つためにしたことは、至ってシンプルで「自分の部屋は生徒厳禁」ということでした。言葉でいうと簡単そうですが、私の部屋は生徒と同じ寮内にあるわけで、入ろうと思えばいくらでも入れます。生徒というのは、勉強ではなくこういうことに頭をフル回転させ、試行錯誤を繰り返します。そんな生徒たちを、あの手この手ですべてかわし続け、今のところ侵入者ゼロを死守しています。
 「蜂蜜を見つけたら欲しいだけ食べるがよい。しかし食べ過ぎて吐き出すことにならぬように。友人の家に足を運ぶのはまれにせよ。飽きられ、嫌われることのないように」。箴言25章16、17節のみ言葉です。ものには加減というものがあります。「良い加減」というのがあるわけです。蜂蜜は、滋養も栄養もたっぷりで本当においしいものです。しかし、食べ過ぎてしまったのでは元も子もありません。ミツバチさんたちにも失礼ですし、きっと虫歯になるでしょう。いくらおいしいからと言って食べ過ぎて吐き出すことになったのでは話になりません。人の家を訪問するのも、加減を知らないと関係が歪んできます。いわゆる「入りびたり」はよくありません。良い関係を保つには適度な距離感が必要と、箴言には書かれています。私が今の生徒たちと良い関係を築けたのも、この適度な距離感があったからではないかと思っています。このことを通し、人との距離感の大切さを改めて知らされ、考えることができました。
 ほかにもたくさん貴重な体験ができたのですが、プライベートでは、もう踏んだり蹴ったりでした。私はこの1年、モニターの仕事の合間に保育士国家試験の勉強をしていました。これまでにない熱意を持って勉強し、さぁ試験に臨もうと資料を取り寄せたところ、開けて読んでビックリ! 頭の中は真っ白け! けっ! 何と受験資格を満たしていなかったのです。どうしていいのか分からず悩む日々を送りました。そんな私に追い打ちをかけるように、大きな事件が起こります。
 その日、女友だち3人と出かけて、楽しい楽しい時間を過ごしていたのですが、帰り道、友だちの運転する乗用車で交通事故に遭ってしまったのです。私たちが十字路を出たところに右から車がぶつかってきたのですが、そのとき右側の後部座席でシートベルトもせずにのんきに座っている友だちがいたのです。それが春名ちよ子という人物でした。それはもうすさまじい状況だったと思うのですが、意識がどこかにポーンっと飛んでいってしまったので覚えていません。軽自動車だったらきっと死んでたよと言われました。その後、某病院に運ばれたのですが、大きな事故だったにもかかわらず、3人の誰一人、検査もせずに帰るという始末でした。この時の私は、試験も受けられないし、事故に遭った上に検査もないし、まさに「痛い上の針」状態でした。
 そんなとき示されたみ言葉がローマ5章3、4節でした。「そればかりでなく、苦難をも誇りとします。私たちは知っているのです。苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生むということを」。苦難を苦難として味わうだけではなく、様々な苦難を私たちが成長するための糧として受け止めていこうと思いました。
 このキャンパスを去った後も、きっとたくさんの苦難が待っていることでしょう。その時はこの聖句を思い出し、神様とともに歩んでまいります。
 「主は言われる。私があなた方に対して抱いている計画は私が知っている。それは災いを与えようというのではなく、平和を与えようとするものであり、あなた方に将来を与え、希望を与えようとするものである」(エレミヤ29章11節・口語訳)。