Testimonies

あかし    高校3年 濱田銀太

「賛美について」

 自分は今、男声四重唱とクラリネット・アンサンブルの2つのグループで賛美の活動をしています。この2つのグループは、中学時代から活動を続けていて、とても愛着があります。これまで、礼拝での特別賛美をはじめ、教会訪問や老人ホーム慰問などさまざまな場で賛美をさせていただきました。
 賛美しているときは、本番でも練習でも神様の身近にいられる気がします。歌詞に込められた意味や情景が自分の心によく浮かんできます。自分は涙もろくて、歌っている最中に涙を浮かべてしまうことがよくあります。それほど、賛美の音は人の心にダイレクトに届いていくんだなと思います。
 コワイヤーでのコンサートや、グループでの教会訪問の際に、私たちの賛美を聞いて涙を流している方を見かける時があります。自分にとっては数多くある賛美の機会の一つですが、聞いてくださる方にとっては、たった1回きりかもしれません。自分たちの賛美を聞き、感動してくださる方のためにも、1回1回、賛美を大切にしていかなければならないと強く感じます。
 そして何よりも「神様を賛美する」これが賛美の本質だと思います。聞いてくださる方のために歌声を届けるのももちろん大切です。ですが、私たちからではなく神様を通して、神様に向けて、自分たちの音を届ける。そうして神様が私たちを力づけて、聞いてくださる方の心に神様が深く入って行ってほしいと思います。
 「こころをつくし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなた方の神である主を愛しなさい」(マルコ12ノ30)。
 自分にとって賛美は、神様の大きな愛に対する応答のようなものです。自分がここまで賛美の活動を続けてこられたのは、間違いなく神様の導きのおかげです。本当に感謝します。これからも、神様の導きのもと、神様の素晴らしい御業に感謝して、賛美を届けていきます。ハレルヤ!!



サヨナラ、マトソン一家


 私たちにとって大和町は、約10年間、ログチャペルの礼拝に出席するだけでなく、3人の子どもたちを小学校に通わせるため、雪の日も嵐の日も、約1時間かけて毎日通った、とても思い出深い場所となっています。また、一番下のローレンスが小学校に入ってからは、キャンパス内でお仕事もさせて頂いていたので、本当にたくさんの方々と深い交わりをさせていただきました。皆さんが、いろいろな場面で支えて下さったこと、お祈り下さったこと、励ましのお言葉をかけて下さったことなど、本当に言葉に尽くせない感謝でいっぱいです。成長のゆっくりなりさに対しても、皆様はいつも優しく、辛抱強く接して下さいました。ウチの子どもたちから、何度「大和町に引っ越したい」とせがまれたことでしょう。
 このキャンパスでの素晴らしい出会いや、ここで学んだことはこれからもずっと私たちの宝になっていくはずです。これからまだ片付けなければならない山ほどの課題があり、新しい場所での生活にもいろいろと不安はありますが、すべて神さまが一番良いようにして下さると信じて頑張ります。どうぞ私たちのことを覚えて、そしてぜひ機会を作ってアメリカに遊びにいらして下さい。いつか皆様とまた再会できますように! 今まで本当にありがとうございました。(マトソンさやか)



5月27日、ログチャペルで行われた10分集会で、高校3年生の松本さんが、ユースラッシュに参加した証をしてくださいました。とても素晴らしい証でしたので、ご紹介させていただきます。

ユースラッシュに参加して
高校3年 松本 陽美
 みなさんおはようございます。私はこの春初めてYouth Rushに参加しました。
 ユースラッシュとは、アメリカで活発に行われている青年文書伝道合宿プログラムで、日本でも昨年の夏から始まり、高校生以上の青年を対象にしています。大まかな内容としては、青年たちが福音社の本を手に抱え、自分に割り振られた地域へ出て行って、インターホンをならして本を紹介して買ってもらうという活動です。
 今回のYouth Rushは沖縄でもたれました。約3週間あったプログラムでしたが、私を含めた3人の高校生は途中から参加したので約1週間半ほど実際に文書伝道をしました。今日は、私が参加して感じたことを3つに分けてお話しさせていただきます。
 早速ですが、まず1つ目、文書伝道は神様の御手の業、その素晴らしさを直接自分が体験できます。私は今まで、大きな事故から助けられたり、自然災害から守られたりした経験がなく、自然などを通して、神様のすごさを知ることはあっても、直接神様のパワーや導きなどを感じたことはありませんでした。むしろ、“神様を感じる経験なんて本当にできるの?”と思っていました。ですが、今はっきり言えます。神様をこの身をもって感じる経験は、できます!!Youth Rushでの活動を通して、さまざまな体験をしました。そして、その中で、嫌でも神様を感じることができました。ここでひとつお話をさせていただきます。
 私たちYouth Rushのメンバーは、毎日その日の目標を決めて出て行きます。例えば、今日は「各時代の大争闘」を誰かに購入してもらいたい!とか、「サインズ」購読を注文してくれる人を与えて下さい!などの目標を決めます。
 ある日、私は「各時代の大争闘」を誰かに買ってもらいたい!ということを目標にし、チームのメンバーに伝えました。そして、お祈りをもって1日を始めました。皆さんがよく知っている通り、「各時代の大争闘」は字も小さいし、何だか難しそう、というイメージを持つ方は多くいらっしゃいます。ですから、その日までは、誰かにこの本を紹介することはなく、現地に本自体持って行かないという時もありました。しかし、その日は何だかその本を誰かに買ってもらいたいと強く感じたのです。早速、1件目のインターホンを勢いよく鳴らしました。“ピンポーン”。するとすぐに、中からおじさんが出てきたので、本の紹介を始めました。そのおじさんと話している時、ふと何かが視界の端でチラチラと動いているのに気付きました。私がそちらをぱっと見ると、別のおじさんがチラチラとドアを半開きにしてこっちを見ているんです!!えっ?何だろう?うるさかったかな?などと思いつつ、目の前にいるおじさんにお話を続けていましたが、結局断られてしまいました。そして、次の家に向かいました。その家というのは、先程こっちをチラチラ見ていた人の家です。少し緊張と不安を抱きつつも、心の中で祈り、インターホンを押しました。すると、すぐにドアが開きました。早速、先程と同様、本の紹介を始めました。その時、私は本の紹介に加えて、私が三育という小・中を出て、今は高校に通っているということをお話ししました。すると、その人の顔がパッと変わりました。何だろうと思っていると、その人の口から、思いもよらない言葉が返ってきました。「東出さんって知ってる?」その時その人の言った言葉です。私は、「えっ?東出さんってあの三育学院大学の学長の東出先生ですか?」と驚いて問い返してしまいました。実は、その方は昔、千葉に新しくできた体育系の大学に第一期生として入ったとのことで、その時に近隣の学校との交流プログラムを持っていたそうなのですが、その近隣の学校というのが三育学院大学だったのです。そこで2人は出会ったというのです。話が盛り上がった所で、私は本題に戻そうとして、「どんな本がお好きですか?」と尋ねました。その人は経済とかの本を読むとおっしゃいました。そこで、私は「あっ!それなら、こちらにぴったりの本があります!」と、迷わずに「各時代の大争闘」を出しました。私は、これを読めば世界の動きがはっきりと見えてきますと言うと、その人は、その本に興味を示して、すぐに購入して下さいました。私は、その時に「神様の導きって本当にすごいなぁ!」と心の底から感じました。何十年も前の出会いが、今の出会いにつながり、さらには、私が決めた目標がたった2軒目で達成されたことは、神様の導きのほか何ものでもありません。本当に鳥肌が立ちました。神様はいる!と、身体中で感じた瞬間でした。
 次に、私がYouth Rushに参加して「いいな!」と思ったことは、同じ信仰を持った仲間に出会えるということです。これは本当に素晴らしいことです。皆同じ神様を信じていて、同じ書物を読んでいて、同じ信仰を持っているので、会話の土台が一緒ですごく話しやすかったです。特に、皆が「文書伝道」という、神様の福音の種蒔きを1日の目的として過ごすので、一人一人がチームを超えた“信仰の家族”としてつながることができます。1日の文書伝道の活動を終えた後の夕食は、その日、皆が何を体験したのか、という神様の証で盛り上がります。Youth Rushは、そんな祈り合って励まし合える、神様の家族と出会えるステキな活動です。
 そして、最後に、Youth Rushは自分自身の信仰を大きく成長させてくれます。このYouth Rushを通して私は本当に変えられました。文書伝道の活動を通してはもちろんのこと、ほかにも、先輩たちの話や証、また聖書のみ言葉を聞くうちに、変わらざるを得なくなります。実は、私は参加する前、Youth Rushに申し込んだことを後悔していました。Youth Rush自体に、心配や不安を抱いていた訳ではなく、短い春休みがさらに短くなってしまうこと、あと、高校生の女子が自分以外いないこと、などを思いめぐらせていたのです。ですが!今の私はYouth Rush参加前の自分とは180度違います。今、私は、この春のYouth Rushに参加して本当によかったと思っています。文書伝道がいかに楽しいかを知りました。神様の福音を、自分の力でなく、神様の力で誰かに伝えることの喜びを感じることができました。そして、そこで点いた燃える思いは、まだ私の心の中でゆらいでいます。神様の手となり足となり、伝道の最前線に立つ、この喜びを皆さんにも感じて欲しいと思います。最後に聖句をお読みします。(Ⅰコリント9:16)
 今度、All Rushというものをやるそうなので、皆さん、ぜひ参加してください。お待ちしています!



万事を益としてくださる神さま
渡部 玲子
家庭会主催のあかし会(6月10日)より
(連載/第1回)「波乱の予感」

 私のアドベンチスト教会のルーツはアメリカにあります。明治時代、私の祖父は13歳の時、単身でアメリカに渡り、働きながら大学を出たそうです。祖母も父親の仕事の関係でアメリカに渡り、ハイスクールで学んでいたそうですが、祖父と出会い結婚しました。その時サクラメントでお世話になった方が、アドベンチストで、祖母が最初に信者になりました。その後、昭和初期にアメリカで生まれた伯母を連れて日本に戻ってきたそうです。伯母は、いろいろあって広島三育幼稚園で働くことになり、バプテスマを受けました。そして長い間、幼稚園の園長として働きました。
 我が家は父の仕事の関係で転勤が多かったのですが、最後に広島に行き着きました。そんな折、兄が高2の時進路についてとても悩んでいました。私と違い、兄の脳は複雑にできていたのか「生きるべきか死ぬべきか、死んだ方が楽になるのでは」などと真剣に言い出したため、母はびっくりして、当時広島教会の牧師であった白石先生に相談し、母と兄で一緒に聖書研究を受けることになりました。そんな兄は、いつのまにか悩みも解決し、母はこの聖書研究がきっかけとなり、白石先生によってバプテスマを受けたのでした。
 その後、母に「幼稚園の先生が足りないので働かないか」と、伯母から誘いが来ました。奥様で、習い事ばかりしていた母なので、当初は躊躇していましたものの姉の言葉には逆らえず、勤めることになりました。その間に私は西宮の大学、兄は東京の大学に進学し、私は寮、兄は下宿生活となりました。この頃、父は定年を迎え、退職金を使って会社を立ち上げました。その父ですが、大学を出て企業に入ったとたん終戦となったため、上司はみな戦争責任で会社を辞め、父はいきなり課長代理から始まってトントン拍子に出世して、大いなる勘違いをしたようです。自分に自信があり、起業したのですがうまくいくはずもなく、会社はあえなく倒産。借金のみが残りました。兄は大学6年生、私は4年生で後期の学費を支払ったあとの倒産でした。私は、寮費や食費も払い込んでいたため普通に過ごすことができたのですが、兄は東京で友達の家を渡り歩いたり、きゅうり1本で1日を過ごしたこともあったと後で聞きました。
 取り立ての人が来て、家にあるもので金になりそうなものは持っていったということで、母は怖い思いをしたそうです。母が、幼稚園で働いていたお陰で、私たち家族は何とか生活することができました。そうでなければ、家族全員路頭に迷うところでした。神さまが事前に母に働く場所を用意してくださったのです。また、学費を払ったあとに倒産したのも、後から思えば祝福でした。
 私は歩いて5分くらいの西宮教会に通っていたので、そこで導かれバプテスマを受け、大学を無事卒業した後、横浜三育幼稚園に勤務することができました。兄は、自分の目的を果たすためには大学院でさらに4年間学ばなければならなかったのですが、これも不思議なことに、今のUFJ銀行、当時なんという銀行だったか忘れましたが、その銀行が「将来この銀行に預金してくれたらよい」と全額学費を出してくれたのでした。うちが貧乏だったためか返済しなくて良いものでした。こうして兄は学資を得て、働きながら大学院に行くことができました。
 神さまはどん底にある私たち家族を、こうして導いてくださいました。その後、父は再就職し、借金も全部返すことができました。しかし、借金を返したと同時に父は脳卒中で倒れ、18年間の闘病生活に入りました。母はそんな中にあって、信仰があったので乗り越えられたと語っています。神さまが母を支えてくれたのだと思います。(第2回に続く...)



クリスチャンとして高校生活をどう過ごすか?
今年、新入学した3人の高校生に、クリスチャンとして高校生活をどのように送りたいと思っていますか? というテーマで執筆していただきました。


「祈る習慣をキャンパスに広げたい」


高校1年 北林 峻 僕は2015年6月にバプテスマを受けました。しかし、バプテスマを受けたあと、何か変わったかというと、そうではありませんでした。聖書に書いてあるような、クリスチャンとしての生活には遠いものでした。そして、その後、卒業祈祷週である先輩が次のように語ったのです。「僕は、バプテスマを受けたけれど、神様とは遠い生活をしている人を見て、まだバプテスマは受けないと思っていたが、今回受ける決心をすることができた……」。この言葉を聞いたとき、僕はとても不安になりました。
 僕自身が、クリスチャンなのに神様とは遠い生活の人間だったからです。バプテスマを受けるのは早かったのではないかと悩む日が続きました。しかし、そんな悩みはその後簡単に解決されたのです。
 それは「祈り」でした。自分は毎日祈っているではないか、決して神様から遠くはなかったと気づくことができたのです。これからの3年間、祈って神様に頼りながら過ごし、「祈る」という習慣をこのキャンパスに広げていきたいと思っています。

「心に花を咲かせるクリスチャンになる」


高校1年 根本 愛 高校生になり気付かされたことがあります。それは、私がまだまだクリスチャンとして未熟だなということです。親がクリスチャンで、この三育で育ち、神様のことはいやというほど学ばされてきましたので、自分の中では周りの人よりも少し信仰が強いと思っていました。しかし、それは全く違いました。
 周りには何かあるたびに「あぁ、これは神様の計画だ、感謝します」と言ったり、安息日には必ず早天祈祷会に参加して一日をはじめる人、また心から「伝道したい!」と思っているような友達がいます。それと比べ、私は「今日は少し眠いから早天行くのやめよう」と思ったり、すぐ人と自分を比べてしまっていることに気づいたのです。それからは、もっとキリストのようなクリスチャンになりたいと思いました。
 私が考えるクリスチャン、それは、素直に神様を受け入れ、祈りと感謝を忘れない人だと思います。私はまだまだ理想のクリスチャンには近づけていませんが、この素晴らしい「三育」という環境で周りの友達と神様をわかちあい、共に祈り、共に感謝し、多くの友達の心に「神様の話の花を咲かせる」、そんなクリスチャン、そして高校生活を送って行きたいと思っています。

「みんなと神様の距離を縮めたい」


高校1年 森田明人 僕は、牧師家庭に生まれ育ち、小さい頃からキリスト教教育を受けてきました。小学校の頃から三育に通い、中学校、そして今ここ広島三育学院高校にいます。
 この学校に来て驚いたのは、中学校と比べ生活が自由になったと同時に、宗教面もかなり自由になったことです。中学校では強制されていた祈祷会も、高校に来ると自由であったり、寮での朝夕の礼拝も、遅刻したり来なかったりする人もいます。だから高校の人は宗教活動を強制されてするのではなく、自ら聖書研究のグループや祈りの組を作るのです。そしてそういう人たちは、神様のことを熱く語ることができるのです。
 今、日々、キャンパスに祈りの輪が広がるようにと祈っていますが、この学校には様々なところから来ている人がいて、神様のことを信じていない人がまだまだいます。僕は、そんな人達と神様との距離をもっと縮めたいと思います。そのためにはまず、自分が神様とつながっている必要があるので、日々神様に頼って生きていきたいと考えているところです。