I want to learn theology


私が神学科を目指すわけ
来年、三育学院カレッジに進学することを決意した、高校3年生の皆さんに、神学科に行きたいと考えた理由やきっかけ等について書いていただきましたので、ご紹介いたします。

伝道の楽しさを知って    津村 聖(3A)
 私が三育学院カレッジに進学しようと思ったきっかけは、セブンスデー・アドベンチスト教会の牧師になりたかったからです。また、三育学院に学校見学に行った時にとても良い印象を受けたということも大きかったです。神学科生の熱い伝道への思いに心を打たれました。
 神学科に行ってやりたいことは、キャンパス伝道はもちろんですが、聖書の言語を学んだり、自分の信仰をもっと根深くしていくことです。学んだことをしっかり伝道に活かしていきたいです。三育学院大学が変われば日本が変わるという話を聞いたことがあります。そして、今、世界では日本が変われば世界が変わると言われています。その時は再臨の時かなと思ったりしますが、想像するだけで興奮します。少しでもこの働きの力になりたいと思っています。看護学生とも協力して、祈って、努力していきたいと思っています。
 三育中学、高校でのさまざまな経験の中で、多くのことを学び、神様の御業を感じることができました。落ち込んでいる時に、賛美を通して神様の愛に気づいたり、ユースラッシュに参加して神様の力を感じたりすることができました。特にユースラッシュは、私の中で大きなものでした。伝道というのは、人のためということもありますが、自分の信仰を育てるものでもあるのだということを学び、伝動の楽しさを知りました。また、友人のバプテスマの経験なども私の信仰を高めてくれました。
 これらのことがなければ、中途半端な気持ちで三育学院カレッジに行っていたかもしれません。しかし、これらのことがあったおかげで、神様の永遠の福音を伝えるという使命をもって進むことができます。伝道をするときはつらいことがつきものです。しかし、それをはるかに超える喜びを知ってしまった私には、伝道をやめることができません。

自分が進むべき道
    松田清真(3A)
 「三育学院カレッジは、牧師になる人か進路を決めてない人が行く場所だ」という言葉をよく耳にするが、私はこの言葉を聞くとき悲しくなる。
 確かに、神学科には牧師を目指す、信仰的で熱心な者もいれば、将来やりたいことがないから何となくという理由で入学する者もいる。しかし、本来神学科は聖書とキリスト教について深く学び、伝道者として生きていく上で必要な知識を育んでいく場所である。
 私は、高校3年生になるまで、自分が神学科を志望するなんて考えてもいなかった。幼い頃から三育の中で育ってきた私は、聖書のこともある程度は理解できているし、牧師になるつもりもなかったからだ。しかし、友人に勧められて沖縄のユースラッシュ(Youth Rush)に参加し、神さまが自分のすぐそばにいることを感じ、また伝道することの喜びを体験した。その後から個人的に聖書を研究するようになり、今まで当たり前だと思っていた聖書の内容から新しい発見があったり、今まで理解できなかったSDAの教理や聖書の言葉への疑問も、熱心に聖書を研究することで解くことができるのだと実感した。ひして、より深く聖書について、SDAについてまたクリスチャンのすべき生き方を学びたいと考えたことから神学科を志望することになった。
 私には夢がある。それは牧師ではないが、これからクリスチャンとして生きていく上で、自分が進むべき道が本当に正しいのかを理解して人生を歩むということだ。そのために、今の自分の将来の夢を追うよりも、まず神学科で学ぶ時間を惜しいとは思わない。将来のことを考えると、まだまだ不安なことばかりだが、何よりも神様に依り頼んだ生き方でありたいと考えている。神さまが私の人生とともにいて、最善の道を備えてくださっていることに感謝して歩みたい。

神様に捉えられて    張田 礼(3C)
 私が三育学院カレッジに進むことになったきっかけは複数ありますが、その一部をお話しさせていただきたいと思います。
 私の父親は牧師であります。生まれた時からクリスチャン家庭で育ちました。それに対し、私の趣味、興味は別の方向にあり、教会は友だちと遊ぶ「遊び場」でしかありませんでした。しかし、中学と高校の6年間で教会というものについて考え直すことがあり、教会に関わる仕事も幾つかさせていただきました。その中で自分の気持ち、進路の歯車が自然と牧師という方向に進んでいくのを感じました。それがとても嫌でした。
 周りからの「牧師の息子だから」「○○先生のお孫さんですよね」といった声に応じつつも、心の中では拒否し続けていました。自分がいる環境を変えようとも思いました。周りのような立派な信仰を持っていない自分には無理だと思っていたからです。
 奇跡なんて見たことない、霊的経験は皆無、エゴと欲望で構成された自分の頭。引きずりだした汚点を盾にしたものの、流れは変わることがありませんでした。悩みに悩んだ高校2年間の末、やっと決断できました。神が私を捉えてくださるのなら、この道を行くべきだろうと、今は確信しています。
 私はまだこれといった立派な信仰を持っていません。私以外の神学科に進む3人は、少なくとも私よりはよい信仰を持っているのではないかと思います。彼らは長期休み中の文書伝道や、学校内で積極的な聖書研究などなど信仰面でのハンディは大きいです。ですが、そういった信仰は自分のペースで育てていこうと思っています。神が流れを変えてくださらなかったこの道、カレッジでは自らの信仰を確立できるよう精進したいと思います。

神学科で学びたい    高橋祐希(3C)
 私が初めて神学科で学びたいと思ったのは、中学生の頃でした。私は、中学生の頃にバプテスマを受けたのですが、その頃から聖書についてもっと学びたいと思うようになりました。教課は毎週必ず読み、お祈りもよくしていました。ところがそれからというもの、なぜか私は少しずつ神様から離れて行きました。
 聖書をあまり読まなくなり、教課も読まず、お祈りも少ししかしていませんでした。そしてついに、神学科で学びたいとの思いも薄れていきました。このような状況は高校生になっても続きました。高校生になると自主参加の宗教プログラムが増えるのですが、そういったものにはほとんど参加しませんでした。
 しかし、そんなある日のことでした。ある友人が、私を毎週水曜に行われている祈祷会に誘ってきました。私は「今日はいいや」と言って逃げました。それでも友人は毎週誘ってきたので、「たまには行ってみるか」と、祈祷会に一緒に行くこととなりました。その日、私は久しぶりに友人と祈った気がしました。何か不思議な感覚でした。とてもあたたかい気持ちになりました。その日から、私は毎週祈祷会に行くようになりました。そして、その頃からまた少しずつ神様に心が向くようになっていきました。
 しばらく時が経ち、高校3年生の1学期になりました。三育学院への見学ツアーに参加させていただきました。三育学院では、神学科の先輩方が、熱心に楽しく聖書を学んでいる姿を目にしました。そして、「もっとまなびたい、もっと伝えたい」という先輩方の熱い思いを感じました。その時、私は心の底からこう思ったのです。「神学科で学びたい。」
 結局、私は神学科に行くことを決意しました。神様のみ心に適うのであれば、4年間神学科で学んだ後、日本伝道に携わりたいと思っています。神学科で、伝道者になることを目指して、日々学業に励んでいきます。そして、一人のクリスチャンとして成長したいと思います。


バプテスマおめでとうございます

 2学期のバプテスマについて、ご紹介が遅れて大変申し訳ありません。2学期は5名のバプテスマがありました。菅陽紀くん(高2)は秋の祈祷週最終日の9月23日(近藤光顕牧師司式)に、久仁聖美さん(中1)、ナサナエル&マリー・アルドレティ夫妻は40周年記念礼拝の10月28日(池宮城牧師司式)に、岡田吉作生くん(高2)は卒業祈祷週最終日の11月18日(稲田勤牧師司式)に、それぞれ信仰を言い表しバプテスマを受浸されました。皆さんの上に主の豊かな守りと祝福がありますように。