マラナタ18(エイティーン)
「希望のとびら」講演会を終えて
講師:マーク・デュアート
通訳:デュアート朱見

5月12日(土)、礼拝後の午後2時から、広島三育学院教会ログチャペルで、マーク・デュアート牧師(通訳はデュアート朱見さん)による「希望のとびら」というタイトルでキリスト教講演会を行いました。
 晴天に恵まれて5月にしては暑い1日でしたが、外からのお客様30名をお招きすることができました。
司会の池宮城牧師の講師紹介の後、高等学校ハンドベルの演奏が続き、デュアート牧師のお話に入りました。
「キリスト教講演会」と言えば少し固い話になりがちですが、初めて教会に来られた方にもわかりやすい、ユーモアを交えた聞く一人ひとりに寄り添ってくれるような語り口調でした。また、通訳の朱見さんは関西ご出身とのことで、通訳の合間に説教者と掛け合い漫才のように会場を和ませてくれました。
 最後に2曲、デュアート牧師が作られた曲をギター演奏で賛美し会場を癒やしの空気に包んで講演を閉じました。
 お客様のアンケートの中には「楽しかった」「とても分かりやすかった」「聖書を毎日1節でも読もうと思った」「日々悩んでいるので助言になった」「私の知らない聖書観を教えていただきとても幸せな気持ちになった」「宗教には興味が持てなかったが、悩みや不安を抱えている時に助けられるのが宗教や信仰なんだと思った」など、いろいろ励まされるメッセージをいただき感謝でした。
 今回、この講演会を開催するには本当に多くの人の手と、時間をいただきました。これまでの新聞折込をやめ、一人ひとりが一軒一軒ポスターや案内状を手渡しして呼びかけ、お願いに回りました。また、公共施設や駅、病院、ショップ、その他60か所以上にポスターや案内状を置かせていただきました。

 一斉文書配布日に中学生、高校生、教師、一般信徒、子供まで合計82名が参加してくれました。暑い中、とても精力的に講演会の案内状、トラクト、文庫判聖書などを配布しました。始めはたどたどしかった生徒が、次第に熱く語れるようになり、参加した生徒たちからは「またやりたい」との声が多かったと聞きました。生徒と地域の方々が触れ合うことができて、とてもよかったと思いました。
 今回の講演会は「マラナタ18」の出発と考え、この流れを日々の伝道活動によって、秋に予定している講演会につなげたいと思っています。
 最後に「マラナタ18」では、本当に多く方の昼夜を問わない、たゆまぬ祈りによって支えられていることを感じ、勇気をもらえていることを感謝いたします。(信徒伝道会 松浦道広)



 PTA期間中の安息日、6月2日(土)に、稲田和くん(中1)、徳江陽介くん(中1)、津村美優さん(中2)、徳前和さん(中3)、中村共喜くん(中3)がバプテスマを受浸されました。5人の若者の上に、主の豊かな守りと祝福がいつもありますように。

バプテスマのあかし
中学3年 徳前 和(とくまえ なごみ)

 今日は私がこれまで過ごしてきた神様との歩みとバプテスマを受けようと思ったきっかけを、少しだけあかしさせていただきたいと思います。
 私はクリスチャン家庭に生まれ、幼い頃から教会へ通い、小学校でも聖書の授業があったりと、神様と共に生活するはあたりまえだと思っていました。小学校の高学年になると、それは普通ではないことが分かりましたが、聖書研究を行ったり、卒業礼拝のお話を考えることで、神様がもっと身近な存在になりました。
 中学に入ると、すべてと言っていいほど私の生活が変わりました。この中学でたくさんの、いろいろな人たちと出会い、みんながみんな神様を信じているわけではないことをあらためて実感しましたし、経験したことのないいろいろなことに直面して苦しんだり、祈る回数、聖書を開く回数が増えたのもこの中学校に入ってからです。
 そして、バプテスマを受けたいと思い始めたのが2年生の時でした。しかし、すぐに受けることはしないで、待っていました。自分にとって、一番バプテスマを受けるのに良い時を待ち続けました。2年になると、グループで祈りの組を行ったり、さらに神様とかかわる機会が増えていきました。そして3年生になった時に気がつたことがありました。それは、「神様が共にいてくださるから心配することはない」ということです。
 以前は、いろいろなことを心配していましたが、このことに気づいてからは心配するようなことがあっても「神様が何とかしてくださる」と、安心することができるようになりました。この成長が私をバプテスマに導いたきっかけです。
 最後に、このように思えるようになったきっかけの聖句、またこれはは私の好きな聖句でもあるペトロの手紙15章7節をご紹介します。
「思い煩いは何もかも神にお任せしなさい。神が、あなたがたのことを心にかけていてくださるからです。」
 今日、こうしてバプテスマを受けることができるのは神様のおかげです。神様にすべてを感謝したいと思います。短いですが、これであかしとさせていだきます。