第3回うたごえきっさ

賛美のひととき

 暑かった夏もようやく終わり、キャンパスの山々にも秋の深まりを感じ始める季節になりました。昨年、家庭会主催の第1回「うたごえきっさ」がご好評をいただき、今年も是非にとのお声があり、10月27日、清々しい安息日の午後のひととき、第3回をむかえることが出来ました。ソングリーダーに石部信也さん、松岡輝さん、藤田悠さん、東春香さんを迎え、大人25名、小人6名の参加者で、とても祝福された賛美の時間を持つことが出来ました。
 1曲目は、松岡輝さん作詞作曲の「きれいな色」でした。この曲は松岡さんがパスファインダークラブでキャンプに行った時、自然の素晴らしさを感じて作った曲だそうです。歌詞の中で「人知れず歌う時にも 人知れず祈る時にも あなたはきれいな 色をつけました」と、神様が創られた自然の美しい色にも神様の愛がある事が賛美されていました。
2曲目は、石部信也さん作詞作曲の「祈り」でした。祈る時、私の思いが叶うと祈ってしまいがちだけれども、そうではなく、私の思いをはるかに越えて神様は応えて下さる、曲を作った時の証しをしてくださいました。「祈ることで信仰 強まるのを感じる わたしの思いを越えて 祈りがきかれるから」、そんな深い信仰が歌詞の中に込められていました。3曲目は、東春香さん作詞、石部信也さん作曲の「キリストに出会った」でした。「君にキリストが見えなくても、キリストには君が見えている 何よりもつらく痛む心の影 そこに届くのはキリストの手だけだから」こんな自分でいいのだろうか、そんな思いの中で、そのままの自分でキリストに出会う素晴らしさが込められていた曲でした。
 その後、フレンズの中から、参加者のリクエストに応える形で15曲ほど、賛美しました。途中、お茶とデザートとおしゃべりを楽しみ、まさに「うたごえきっさ」を満喫する事が出来ました。
 最後は松岡輝さん作詞作曲の「同じ主のもとで」でした。自然の中で、木々はみな違う方向へ向いているけれども、その合間を縫って太陽の日が射す方向へ向いて伸びている様子を見て作った曲だそうです。三育の生徒たちも卒業後、それぞれ別の道へ進むけれども、「新しい場所で 主を讃美したい 同じ主を信じて 同じ場所(天国)を目指す」ことを願い、祈る気持ちが歌われていました。
 ソングリーダーの方達の素晴らしい曲に聞き入り、そして、語り合いながら賛美する、賛美する事を通して、神様からの祝福や癒しが与えられ、感謝へとつながる時間を持つことが出来ました。これを機に、「うたごえきっさ」グループの発足も期待しつつ、次回を待ちわびたいと思います。(家庭会 水谷正子)



 追 悼 曽根田健二先生を偲んで

本校で長らく院長、校長、そして教会牧師としてご活躍された曽根田健二先生が先月ご逝去されました。ご家族の皆様には心よりお悔やみ申し上げます。今月は、お世話になった先生を偲び、追悼記事を掲載いたします。

曽根田先生の思い出(橋本直仁)

 私達は先生の司式のもと夫婦の歩みを始めました。
先生は何度も「本当に僕でいいの?」と尋ねられました。「はい! 勿論です」とお答えすると、とても嬉しそうにされておられました。結婚式のおりの先生のお話は、それはもう力強いものでした。
 先生は学生、特に高校生の気持ちをなんとか理解したいと常々願っておられました。男子寮の役員と会食のおり、皆が美味しそうに食べたラーメンの残していたスープを「ちょっと頂戴」と言われて飲んでおられました。何とか生徒の気持ちに寄り添いたいとの思いからなさったことと思います。
 先生また会いましょう。ご家族の皆様に天来の慰めがありますように。


また天国でお会いしたいです(中村千恵)

 私が3歳くらいの時に、曽根田先生のご家族がアメリカから教団に引っ越して来られ、ご近所になりました。娘の純子さんは、1つ上の学年でしたが、とても仲良くさせていただいていました。
 曽根田先生のご自宅には、いつも新しいものがありました。ワッフルを作る機械やゲーム機など、当時は珍しいものが沢山あったのが印象的でした。
 曽根田先生はお風呂が大好きで昼休みの時間にも入ることがあったそうです。脱衣所の椅子の上には赤いテレビが置いてあり、お風呂に入りながらテレビを見るのを楽しんでおられたそうです。私は子供ながらに「なんでこんな所にテレビが置いてあるの?」と聞いたのを覚えています。
 教団に来られた時に初めて曽根田先生にお会いしてから、広島の高校時代には院長・校長、私が教団で働いていた時には教団の近くだった福音社の社長、主人の転勤で1度目に広島に来た時には院長・牧師、その後大多喜では学長補佐と、私の人生の半分位の年数を曽根田先生と関わることができ、大変お世話になりました。
 私は主人が福音社の時に結婚し、私たちの結婚式では、「仲人は立てなくていい、結婚式にもお金をかけなくていいんだ、新婚旅行や思い出にお金を使いなさい」と言ってくださいました。司式も引き受けて下さり、婚姻届の証人欄にもサインして下さいました。
 告別式の時に頂いたカードには、先生の手帳に書かれていた言葉が載せられていました。
 「先に逝ったらゴメンナサイ。沢山、たくさんありがとう。自分は良い人生を生きたと思う。幸福であった。だから泣かないで! 自分のなすべき仕事を成し遂げたと思う。70点か80点かな? またいつか会おうね。天国の門の所で待ち合わせよう。」
 私が子供の頃の曽根田先生の印象は、珍しいものを沢山持っている優しくて面白いおじちゃんでした。今でも優しい印象は変わらず、思い出すのは笑顔の曽根田先生ばかりです。
 そんな笑顔の曽根田先生に天国でお会いできるのを楽しみにしています。