はこぶね231

New faces今月は、この4月から大和キャンパスに赴任された先生方の「一大ニュース」について、それぞれ書いていただきました。大橋拓哉先生ご一家(拓哉、和恵、拓磨、拓歩、みのり)

我が家の最近の一大ニュースといえば、もちろん大和キャンパスへやってきたことです。家内は田舎のほうが好きなのですぐに賛同してくれました。高3の息子は「帰省してもすぐそこか……」と複雑な心境を語ってくれました。小2の息子は竹屋の友だちと別れるのは寂しかったようですが、今はこちらで最高に楽しんでいます。3歳の娘は引っ越してきた翌日もいつものように起き、いつものように朝食を食べていました。引っ越してきたこともあまりよく分かっていないようです。私ですが、竹屋ですっかり都会生活を満喫していたこともあり、大和町の山奥へいきなり行ってすぐに順応できるのか若干の不安はありました。山に入る修行僧の覚悟で参りましたが、来てみれば非常に快適な環境と沢山のご厚意にすっかり甘んじてしまっています。しかし、心新たに頑張るつもりではいますので、これからどうぞお付き合いの程、よろしくお願いします。渡部正道先生ご一家(正道、博美、慈正) 我が家の一大ニュースは、沖縄からこちらへの引っ越しです。吉満先生を始め、教会や学校の皆様にご準備をしていただき、無事にこちらでの生活を始めることができました。私達をあたたかく迎えて下さり、心より感謝申し上げます。帰ってきたのだな、と実感致しました。

私がこれまでに所属した教会は、どこもとても温かい所でした。私は教会が居心地よく感じます。思い起こせば浪人中、勉強に疲れ、すさむ心の私を温かく迎えて下さった母教会の方々のお支えが、教会への好意を持つ始まりだったと思います。

今年は高校3年の担任で、受験生に奉仕をさせていただきます。生徒達には、神様から与えられたタラントを生かすべく、学業に厳しく接しようと思います。と同時に、疲れ渇く心に、教会というオアシスがあり、愛に満ちた神様が生きておられることも生徒達に伝えたいと思っています。どうぞよろしくお願い致します。

知念 望先生ご一家(望、明子、はなつ、陽花)

我が家の一大ニュースは、初の引っ越しです。引っ越しを控えた6日前、チビちゃんがおう吐を伴う胃腸炎にかかりました。その3日後、ようやく学校の仕事を終え、任せっきりだった荷づくりを手伝おうとした日、今度は私がおう吐、下痢、発熱で病院受診となってしまいました。 さらに引っ越し前日には長女が胃腸炎を発症。それでも無事に荷物を出すことができたと思いきや、今度は妻が発熱……。 本当に大変な1週間でしたが、家族皆そろって元気に広島に来ることが出来、感謝しています。神さまが植えられた場所で成長していけたら、と思っています。進藤瑠都先生(食堂) 私が経験した一大ニュースと言えば、やはり今回の引っ越しでしょう。この引っ越しを通して、私は神さまは必要に応えてくださる方だということを身をもって知ることができ、感謝しています。

初めてここ広島三育学院を来訪したのは、ちょうど2か月前の2月のことでした。その時、必要な物を揃えるため、入居予定のアパートを見学させていただいたのですが、家具はもちろんのこと何もないし、家は古いしで、正直なところ引っ越し費用が多くかかりそうだと不安を覚えました。ところが不思議なことに、引っ越してくる約1か月間くらいの間に、私の必要は全て満たされ、電化製品や暖房器具、台所用品のほとんどが揃ってしまいました。そのため引っ越しにかかる出費も少なくてすみました。本当に感謝しています。

スタッフの方々も皆暖かく迎えて下さり、本当に気持ち良いスタートを切ることが出来ました。この先も神さまにすべてを委ね、前進していけたら幸いです。

藤田 悠先生ご一家(悠、雪媚、龍太)

山口 豊先生(飛翔学寮副舎監)

私たちの一大ニュースと言えば、子供が生まれたことです。私と妻はこれまで中国の北京で暮らしていました。妻は中国人で、本名は張雪媚と言いますが、中国ではマオマオと呼ばれています。北京では、私は建築設計事務所で、妻は絵本書店で働いていました。妻の妊娠を機に、自然が豊かなところで子供を育てたいと二人で話し合うようになり、今年の始めにこのキャンパスへ引っ越して来ました。

そして、3月29日、無事に男の子が生まれました。名前は「龍太(りゅうた)」と言います。今年が辰年であるという単純な理由と中国語の響きからこう名付けました。中国語では「ロンタイ」と発音します。「泣く→おっぱい→うんち」をひたすら繰り返し眠らない息子に、妻は奮闘し、私は横目で眺め、犬のルナはやきもちをやいて寂しそうにしている、という毎日です。

そんな私たち家族3人+1ぴきですが、これからどうぞよろしくお願いします。

最近の一大ニュースは広島への転居です。神様の導きにより広島での働きができますことを感謝します。

高校時代は埼玉に住んでいて、広島には学校に「来ている」という感覚でした。今回、広島に住むことになり、当時とは違う広島を感じてみたいと思います。楽しみなのは、関東にいるときはなかなか足を伸ばすことのできない土地の限定リラックマを集めることです。

まずは、一泊旅行で行く萩と秋吉台が楽しみです。幕末の志士を生んだ萩は一度訪ねてみたい所でした。秋吉台は地理の教科書で読むだけだったカルスト台地を見てきます。

ほかにも、石見銀山、鳥取砂丘、出雲大社、チボリ公園と挙げてみたら広島以外ばかりですが、尾道ではポニョを探してラーメンを食べ、呉では軍港の歴史に触れ、清盛フィーバーの宮島では鹿から逃げ回りたいです。ですが一番行きたいのは広島-西武戦のマツダスタジアムと、広島-浦和戦のビッグアーチであることは書かないでおきます。

東 清志先生(同袍学寮副舎監)

私の仕事は、朝6時に起床の放送をして、寮生を起こすことから始まります。ある日のこと、いつものように6時ちょっと前に起きて、自室から放送機器がある寮の事務室に向かって歩いていると、2人の生徒が私に話しかけてきました。「東先生、僕たち『各時代の大争闘』を早起きして読んでいたんですけど、よくわからないところがたくさんあります。いつか一緒に読んでもらえませんか?」

寝ぼけていた私でしたが、予想外の言葉に、驚きのあまり目が覚めてしまいました。おまけに、この2人の生徒と一緒に読む時間を相談したのですが、なかなかお互いの予定が合わなかったため、週に3回、朝5時から一緒に読むということになりました。こんなにも熱心に真理を求めている生徒がいることは、私にとって大きな驚きでした。

この読書会が最後まで続くのかどうかわかりませんが、祈りをもって応援していただけると幸いです。

久保杏奈モニター(スミルナ寮)

先日、実家の母から電話がかかってきました。母にしては珍しく、「実はね……」と少し言いにくそうに話し始めたので、私はとても心配になり、何か家で大変なことが起きたのではないかと不安になりました。しかし、次の瞬間、母から告げられた言葉は、「杏奈の部屋は今度からお兄ちゃんが使うことになったから」というものでした。更に「部屋にあった杏奈の荷物はもう全部どけたから」とあっさり告げ、ちょうど私は新しい生活への不安もあり、少し家族が恋しくなりはじめていた頃だったのですが、そんな気持ちが一気に吹き飛びました。結局、口論と話し合いの末、渋々兄に部屋を譲ることになったのでした……。 今は、このキャンパスにある部屋だけが自分の部屋です。家族と離れた生活、ほんの少しさびしいですが、元気一杯の寮生たちにエネルギーをもらいながら、家族のように共に成長していけたらと思います。モラエス・アユミモニター(オリブ寮)

昨年の東日本大震災以降経済が後退し、両親の会社では長期にわたって仕事がなかったため、給与が激減しました。両親のように出稼ぎ労働者として日本にいる外国人にとっては、仕事が無いと生活の保障がなくなるため、多くの外国人が帰国しました。私の家族も日本で築いた十数年の生活を後にして帰国しようと考えましたが、最後の決断を神さまに委ねることにしました。 すると、両親は仕事を見つけることができ、まだ帰国する時ではないということが示されました。 子供3人が私立学校に通っていて家計のやりくりは困難でしたが、長女の私は、神さまのみ手によって大学を卒業できました。私のように、南米出身の出稼ぎ労働者の子供はごくわずかしか大学に進学できないのに、私は教員免許も取得できました。そして将来の歩みを神さまに委ねたら、この広島三育学院に導いて下さいました。 私は、今、神さまが与えて下さった使命に対する愛と、神さまに対する信仰をもって御名を讃えたい気持ちでいっぱいです。