はこぶね269

Great Baptism Month

この1か月は、3週にわたり10名の生徒のバプテスマ式が行われるという、まさに「バプテスマの月」でした。

6月6日に鈴木一世くん(高2)、武田真柚さん(高2)、鈴木もえさん(高3)、中学3年生の上田龍くん、坂口聖也くん、中村光喜くん、水坂響暉くん、吉満寛泰くん。13日に田尻のぞみさん(高3)。7月4日には磯崎瑛さん(高3)がそれぞれイエス・キリストに対する信仰を表明しバプテスマを受浸されました。下記に、中学生のバプテスマの証を抜粋してご紹介いたします。

私は小学4年生くらいから、夜は8時頃に帰ったり、学校で友達をいじめたり、教師と喧嘩したりという、いわゆる反抗期がやってきました。それはどんどんエスカレートしてゆき、6年生のときは、家に1日中帰らなくて母を心配させたりしました。そして、この中学3年になるまで、なってからも、たくさんの失敗や間違いを繰り返しています。そんな中、ある1つの体験が私を変え始めました。

中学2年の2学期、また失敗をしてしまい、生徒指導のため1階で待機していたとき、自然とお祈りをしている自分がいました。何かに頼る、心の支えとなるものに気が付いたのです。それからは、失敗すると神様にそのことを祈るということを意識的に始めました。ある日、母からこう言われました。「失敗はあきらめたら失敗なんだよ。でも、あきらめずに努力すると周りは失敗なんか気にしなくなる。だから、神様から与えられている体を大事にしなさい」と。

この言葉を聞いたとき、私はバプテスマを決心しました。なぜなら、神様から与えられているこの体を大事にして、祈りをもって神様とコミュニケーションをとっていきたいと感じたからです。これからも、神様と祈りでつながり、人生を共に歩んでいきたいと思います。(坂口聖也)

ある日ぼくは、気づいたら水の中にいました。息苦しくなって、目の前が真っ暗になって気を失ったとき、起床コールがなって目を覚ましました。 4月の末、春の祈祷週のある朝、いつものようにカバンを教室に置きに行くと、たまたまある先生と会いました。先生は「バプテスマを受けることをどう思っている?」と尋ねてきました。ぼくはこの時から、バプテスマのことを意識するようになりました。そんな矢先、あの夢のでき事が思い起こされたので、この夢について先生に尋ねてみると、先生は「まさにバプテスマみたいだね」と言い、僕も「かもですね」とこたえました。 ぼくは、小学校低学年のとき、死にかけたことがあります。家族や友だちとバーベキューをしていたときのことです。そこには川がありましたが、当時小4くらいの友だちと楽しく遊んでいる最中、ぼくは足を滑らせ、川へ落ちておぼれました。「このまま、死んじゃうかな?」と思ったそのとき、ぼくの手を一生懸命つかんでくれた友だちがいました。だから今、この場に立って証をしているわけです。 いま、このでき事を思い出すと、あのときに神様が友だちを用意して救ってくださったのではないかと思うのです。だから、助けてくださった神様を信じて、神様のことを宣べ伝えていきたいと思います。(水坂響暉)この三育に入学して、初めて聖書の授業を受けた日から今日まで、神様のことをたくさん学ぶことができました。3年になると、寮では説教を作ったりして、神様が私たちに約束しておられることをたくさん学びました。悩むことがたくさんありましたが、お祈りすることで、悩みをすぐ解消できました。神様に頼ることも学びました。僕自身、次第に神様に頼ることが増えていき、その願いがかなえられることも増えました。そして、いつしか「神様っているんだろうな」と思い始めていました。そして、先生方のお話や、祈祷週で友だちのバプテスマの証を聞くうち、バプテスマを受けたいなあと思うようになりました。そして今回、友だちに誘われたこともあってバプテスマを決心しました。これからも神様とともにつながり、人生を共に歩んでいきたいと思います。(上田 龍)小5の夏休みが終わった2、3日後、母方の祖母の手術がありました。夏休みに祖母が私に「手術して元気になったら遊びに行くからね!」と言ったのを今でもはっきりと覚えています。手術は11時から開始でした。家に帰ると、母が泣きながら荷物をまとめています。「おばあちゃんが死んだって。まだ機械につながれて生きているけど意識はないの」。私には意味が分かりませんでした。なぜなら、手術の成功率は98%だったからです。お通夜の日に静岡に行き、冷たくなった祖母を見ました。その日から10日後、父が顔を青くして帰ってきました。病院嫌いの母でしたが、その父の顔を見るなり「病院へ行こう」と言いました。夜の12時くらいになって母は1人で帰ってきました。父は癌でした。腫瘍をとる手術をしましたが、癌がもう10年は経っていて、体中に癌があったんでしょう、手術をしても遅かったのです。そして翌年の8月27日、父は亡くなりました。

この時から私は神様に疑いを持ちました。エレミヤ29ノ11に「わたしは、あなたたちのために立てた計画をよく心に留めている、と主は言われる。それは平和の計画であって、災いの計画ではない。将来と希望を与えるものである」と書かれています。当時の私は、この聖句の言っている意味がわかりませんでした。どこに希望があるんだ、何が救いだ、そんなものないじゃないか。 しかし、これが今回の私のバプテスマを受けるきっかけとなりました。どうせ生きるなら、命を与えられたんだったら、命を捨ててまで愛してくれたキリストに望みをかけてみようじゃないかと思います。みなさんは幸せですか。私は幸せです。確かに大切な人を失いました。しかし、私は神様を知っています。また、天国というものがあるということも信じています。しかも、母がいて弟がいて妹がいて、そして三育という環境に居られています。とても恵まれています。この与えられた人生を神様と生きていきたい、私も神様を伝えたい。きっと伝えられる。その第一歩として今日、6月6日から、神様とともに生きていきたいと思います。(中村光喜)1年生のころ、僕は祈祷週や同級生のバプテスマを通して、少しずつバプテスマのことを考えるようになっていきました。そのときの思いは「小さいころからいつも一緒だったA君とバプテスマを受けられたらいいな~」という自分勝手なものでした。 ところが、2年生の3学期「自分もそろそろバプテスマを受けたいな」と思い始めたころ、突然A君がバプテスマを先に受けてしまいました。そのときは、仲間がバプテスマを受けた喜びとともに、心の中に小さな悲しみがあるようでした。僕がバプテスマを本当に受けたいと思ったのはそのときからです。 これまで、バプテスマデーが近づくたびに「どうしよう?」と悩み、1人じゃ心細くて「バプテスマを受けます」と言い出せない自分がいました。そんな思いを抱きながら、思い切って、友達のR君に「一緒にバプテスマを受けない?」と聞いてみました。それに対する彼の反応は「俺とS君はPTAに受けようと思っているよ」という、僕には何ともラッキーな反応でした。そして、この時、自分の中でずっと考えていたバプテスマに対する決心がはっきりしたものとなったのです。 今こうしてここに立っていられるのは、僕を本格的にバプテスマについて考えさせてくれたA君、それから今日一緒にバプテスマを受けようとしている仲間たち、小学校、中学校の先生方、キャンパスの皆様、またこんな僕をありのまま受け入れ、励ましてくれる家族のおかげだと思います。そして、何より神様に感謝しています。僕をこの場に立たせてくださった皆さん、本当にありがとうございました。(吉満 寛泰)

あかし広島三育学院親子バスツアーを企画して6月13日、天候も支えられ、いよいよ待ちに待った「広島三育学院親子バスツアー」の出発です。遡れば、昨年6月のオープンキャンパスで初めて広島三育学院を訪れた長老が感銘を受け、ぜひとも幼稚園・小学校の保護者の方々にも見ていただきたいという思いで始まった企画でした。「とにかく、見ていただきたい、見ればわかるから」という思いで準備を進め、話し合いを重ねるごとに様々な不安が払拭され、いろいろなアイディアが浮かび、楽しみながら企画を進めてきました。 はじめは大型バス2台の定員(90名)が果たして埋まるのか心配でしたが、いざ募集を始めると1週間で残り10席程度になり、その後キャンセル待ちが出るほどの人気となっていました。受け入れ側の広島三育学院スタッフと協議を重ね、本当に素晴らしい企画ができ上がりました。 広島へ向かうバスの中では、広島三育学院の案内DVDや、卒業したての青年たちが鹿児島を訪れた際に持ってきてくださった、青年コワイヤーの音楽礼拝や証などを流し、どんなところかイメージできたのではないかと思います。実際、その青年の証を聞いて、生徒に会うのが楽しみだったとの声もありました。

朝7時過ぎに鹿児島を出発し、10時間の長距離移動の後、広島三育学院に到着したのは夕方になっていました。しかし、広島三育スタッフのとても温かい、心のこもったおもてなしに、参加者一同疲れも忘れ、おなかも心も満たされる素敵な時間を過ごせました。

先生方の、生徒に対する熱い思いや思いやり、温かいまなざしは、参加者に十分伝わりました。たくさんの自然に囲まれ、温かい先生方、元気で明るく素直の生徒たち、多感な時期をたくさんの愛情に囲まれて過ごしている生徒の様子が手に取るようにわかりました。

あっという間にお別れの時が来てしまい、まだ帰りたくない! 絶対にまた来たい! 中学はここに来たい! と子供たちが口々に言っていたのが印象的でした。何より、参加者した保護者が口をそろえて言っていたのが、「生徒の目が輝いている」「活き活きしている」「誰もが気持ちのいい挨拶をしてくれる」ということでした。

「百聞は一見にしかず」「行ってよかった」「楽しかった」というたくさんの感想を聞くことができたのも、この企画の実現のため、多大なご協力をいただきました広島三育学院のスタッフの皆様のおかげだと実感しています。心より感謝申し上げます。そしてこの企画のために祈ってくださったすべての方に感謝いたします。この企画を通し、言葉では言い表せない神様からの恵みを体で感じることができました。すべてを支えてくださった神様に心から感謝いたします。(鹿児島教会 中村麻矢)