はこぶね275

My Dear, three childrenMoriyama FAMILY子育て奮闘記③ 森山家 編 3人の子どもが与えられ、子育て奮闘真っ最中です。 楓花は食いしん坊です。祐樹の食べているものが欲しい時、「ひとくちちょうだい」と言いながら、ものすごく大きな一口で食べたり、「ゆーくん、あけれないの? あけてあげようか? ちょっとちょうだい」と言って、うま〜く自分が食べられるシチュエーションに持っていったりします。そんな姿に、上の子はズルいなと思うこともあります。 このあいだ、楓花は初めて金平糖を食べて感動したのか、「こんぺいとうが、たべてくれてありがとうっていってるよ。ゆーくんもきこえる?」と、祐樹の耳元に金平糖を持っていきました。その姿を見て、私も幸せになりました。 こんなことばかりだと良いのですが、そうもいかないのが現実です。子どもの言葉遣いを叱り、態度の悪さを怒り、自分の思い通りにいかなくて泣きわめく子どもに逆ギレ。 なんで!? うそでしょ!! ちょっとちょっと!!! と親を困らせ、悩ませ、怒らせてくれます。そして、自分の未熟さを思い知らされます。 2番目の祐樹は不思議くんです。言うことを聞いてくれる時と、全く聞かないときの落差が極端で、行動が読めません。いたずら顏して悪いことをする、怒られることをする。そんな時、ヤクザのように怒っても効果はゼロ。泣いて反省するものの、また同じことを繰り返す。だったら、冷静に!! と自分に言い聞かす。10秒数えて深呼吸……なのにまた同じことしてる!! ドカーンとまた怒ってしまう。 どんなに怒っても「お母さん怖い?」と聞くと、「おかあさん、やさしい」とこたえて、甘えてくれる息子が不思議でたまりません。また、どんなに楓花に意地悪されても、めげずに遊びたがります。 ある時、楓花が「おかあさん、こんどカキかってきて〜」と言うと、「ふーちゃん、おれが、かってくるけん!」と、かっこよく言ってくれました。 ケンカばかりの2人ですが、楽しそうに2人で遊んでいる姿、父親が車を移動する間、楓花と祐樹が手をつないで待ってくれている姿を見るとき、子どもが与えられて本当に感謝だなと感じます。 錬は物言わず、ニコニコ平和に暮らしているので、今は我が家の癒し系です。

3人がどんな風に成長していくのか、楽しみ半分、不安半分。しかし、子どもとの関わりで、沢山のことに気付かされます。

「こどものように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない」(マルコによる福音書10章14〜16節)。

私もこどものように心から神様を求め、御国を目指して祈りつつ歩みたいと思います。そして、優しさと思いやりを持つ、神様に喜ばれる子どもとして成長してほしいという願いを込め、奮闘していきたいと思います。(森山真歩)

バプテスマのあかし

高校3年 三和 勇太

1月23日(土)、広島三育学院高等学校の卒業式前夜、卒業生の一人、三和勇太さんのバプテスマ式が行われました。この日、急遽夜に行われるという異例のバプテスマ式の裏には、神様の行われた小さな奇跡がありました。

バプテスマを受けて今思うことは、これまでの試練や困難、その他もろもろ全部この日のためにあったのだなと思っています。しかし、バプテスマはゴールではない、新たな人生のスタートであります。

私がバプテスマを受ける決心に至った経緯は幾つかあるのですが、主に大きな影響があったのは、まず今後の人生において信念となり核となる何かが自分には必要だと感じたこと。そして最大のものは、ある一つの悩みごとでありました。それは対人関係におけるものだったのですが、これまで経験したことのないほど苦しいものでした。この問題を巡って、私は神様の働きを目の当たりにすることになるのです。 私のもとへ試練がやってきたのは高校2年生のころで、解決に至ったのは3年の2学期の終わり、高校生活の半分はこの一件一筋に悩んで過ごしたことになります。まぁこれも青春の醍醐味。3年の始め頃までは自力でなんとかしようと、神様を無視していました。こちらが動けば相手は逃げる。放っておいたらなおさら酷くなる。どうしようもない状態で、自分自身の愚かさにもいささか失望していました。 そんな時、2人の人物と出会いました。淵田美津雄、進藤龍也氏の二人です。淵田氏は真珠湾攻撃時の攻撃飛行隊長で、戦後キリスト教に回心し伝道者として活躍した方、進藤氏は元やくざの牧師です。彼らは激動の中を生き抜いて、人生を神に立ち返ってやり直した男たちです。私は彼らの生き方に感銘をうけ、「俺も神様に立ち返ろう、そして新たな一歩を踏む出そう」と考えました。そして、この問題を最良の形で解決できるよう、必死で毎日毎晩祈りつづけました。 すると不思議なことに、前の晩に祈ったことがきかれているような出来事が続き、右下がりだったのが右上がりに持ち上がってきたのです。そして、しばらくたった3年生の11月頃、神様はお祈りのとおり、最良の答えを出してくださいました。このときほど神様の存在や力を明るみに実感したことはありませんでした。これを境に、「キリストを救い主として受け入れよう」そう決心し、洗礼を受けるなら3学期だなと、目処をつけていました。 ところが所用により3学期帰校不可となり、さらに洗礼に対する父の承諾が下りなかったのです。 幾度も父を説得したが受け入れてもらえず、そうこうしておるうちに最後の安息日をむかえてしまい、この時点で、バプテスマの決心から諦めの決心へと変換せざるをえませんでした。悔しかった。それに神様に申し訳なかった。なんとも卒業前日にして嫌な気分を味わいました。 するとしばらくして、父から連絡がありました。「お前にそこまで思いがあるなら受けたらいい。ただし、間違えた宗教的解釈だけはするな」というものでした。最初は信じられなかったと同時に、「今更遅い」と思いました。ちょうどそこへ、チャプレンの稲田先生が“最後の晩餐だ”といって、晩飯を誘いに来てくれたのです。ダメもとで相談してみたところ、「是非やろう。今晩やろう」と大賛成してくださいました。奇跡でした。「このまま逃がすわけにはいかねぇよ」と、神様に捕まえられた感覚でした。しかも、夜のバプテスマなんか聞いたこともなかった。周りの支えがあり、大勢の方に祝福され、バプテスマを受けることができた。これほど幸せなことはない。神様は、最高の祝福をあたえて三育から送り出してくだ さいました。

私は、恩師である稲田先生からバプテスマを受けることができたことについて、三育で最後に賜った贈り物であり使命であると信じ、卒業献身の言葉である、キリストの兵卒として神の国のため忠義をつくせる人物となり、新たな人生、悔いなく燃え尽きることができるよう。邁進してまいります。「目を覚まし、堅く信仰に立ち、雄々しく、剛かれ。一切のこと愛をもっておこなえ」(1コリント16ノ13、14)。

バプテスマおめでとうございます 高校の卒業礼拝のあった1月23日(土)、卒業生男女4名がバプテスマを受浸されました。礼拝後、小雪が舞う寒さの中、棚田英実さん、速水真輝さん、菅暁絋君が稲田勤牧師の司式で受浸。そして、研成会ハイライト終了後、ライトアップされたバプテスマ槽で、三和勇太くんのバプテスマが稲田牧師の司式でとり行われました。

卒業し、新たな夢に旅立っていく彼らが、これからも主とともにあって豊かに祝福されますように。