Greeting of farewells大和キャンパスをこの3月に去ることになった皆さんに、「一番心に残った思い出」をテーマにご執筆いただきました。皆様の新天地でのご活躍をお祈りいたします。稲田ファミリー 3年間大変お世話になりました。2年間は主任牧師という立場でしたが、殆ど何もできずに申し訳なく思っています。高校チャプレンとの兼務は決して楽ではありませんでした。しかし、牧会の現場から完全に離れることなく、教会に関わり続けることができたことは大いに意義があったと感謝しています。聖書研究会を持たせていただきましたが、これが本当に楽しくて、とても良いリフレッシュの機会となっていました。また、二つの集会所も兼務させていただきましたが、安息日の小さな集まりを、力を合わせて守っている信徒の方々の姿に触れて大いに教えられ、励まされました。クリスマス会と講演会は良い思い出です。地域の方々が教会に来て下さることが何より嬉しかったです。一番の思い出は、やはり長男のバプテスマです。自分が高校2年生の時に受けた同じバプテスマ槽で、自ら我が子にバプテスマを授ける機会が与えられ、自分は本当に幸せ者だと思いました。私達家族をあたたかく迎えて下さり、親しくお交わり下さった皆様の優しさは決して忘れません。本当にありがとうございました。柳ファミリー ほんの短い期間でしたが、緑豊かな大和キャンパスでの生活ができるように導いてくれた神様に感謝しています。 数多くの思い出の中で一番心に残るのは、やはり人と人とのふれあいだったと思います。我が家の長女と知念家の長女が仲の良いことから、知念家と親しく交わらせていただきました。ある安息日の午後、知念家と周辺の見晴らしの良い山に登ることになりました。子供は子供の足で、 大人は大人の足でゆっくり歩きながら秋の山を楽しみました。奥さんたちは少し離れて後ろから付いて来ましたが、突然不吉な悲鳴が山全体を響き渡らせました。びっくりして後ろを振り向き駆けつけて見ると、奥さんたちの顔が真っ白く何かに大変怯えていたのです。事情を聞くと、大きい黒い蛇が、いきなり自分たちの所へ飛んで来たといいます。蛇のいきなりの歓迎に人間の方がびっくり仰天。思わぬハプニングで笑うに笑えない状況でした。まだ鼓動が鳴り止まぬ胸をなでながら、その足で頂上まで上り切りました。その日は最高の秋晴れで遠い所まで山々が透き通るように見えました。絶景の眺めでした。この紙面を借りて良い思い出を作ってくれた知念家に感謝を表したいと思います。朴ファミリー こんにちは。あっという間に2年が過ぎ去り、家族ともども皆様には大変お世話になりました。2年前、この丘に登ってきたときは、四男スチャンがまだ家内のおなかにいて、臨月で歩くのが大変でした。最初の安息日、歩くのが苦しいような様子を見て、I先生の奥様が付き添って支えてくれたことを、家内はいまだに言っています。その後もたくさんの方々のお助けとお支えをありがとうございます。神様のお導きにより、教師という仕事をしながら伝道ができるチャプレンとログチャペル副牧師の経験は私にとって一生の宝物です。ここでの経験が、地域教会で青少年たちに接する時に大きな助けになるかと思います。献身的に働かれる皆様を見ながら、本当に頭が上がりません。皆様がこのように献身する限り、日本教団の未来は明るいです。これから、どこに行っても皆様を思い出しながら、私も頑張りたいと思います。福岡に来られたら、是非お立ち寄り下さいませ。井上ファミリー“学院の皆様の愛を背に受けて” 文書伝道の働きで、吾子(あこ)がかつて学んだ本学の中に住むことになったのは奇跡でした。6年間にわたって大変お世話になりありがとうございました。この間の事柄を10年前に始めた俳句で振り返ってみました。◯キャンパスに住む感動。 「青山は ここにもありや 桜咲く」◯卒業生の成長も見ました。 「担任の 背丈を抜きて 卒業す」◯山の幸にも出会いました。 「採るそばで 分けて貰ひし 零余子かな」零余子は“むかご”と読み、私の俳号“徳良零余子”の由来です。◯家内が免許を取りました。 「オートバイ 免許を取りに 妻の夏」◯クリスマスコンサートです。
「堂々と 小学生の 聖歌隊」
たくさんの思い出をこのキャンパスでいただき、私共家族一同感謝に堪えません。皆様に幸多かれとお祈りしています。(井上一範、スエ子、朋子)
天野ファミリー 長い間大変お世話になりました。生まれ育ったこの地に帰ってきて働くことができ、気がついたら今度は自分の家庭を持ち、当時キャンパスキッズだった仲間たちと自分の子供達を遊ばせているという、傍から見たら不思議な巡り合わせ、不思議な環境で過ごせたことを大変感謝しています。妻は都会で生まれ育っているので、時々町に出たくなるようですが、私にとってはこの三育の地が何より落ち着く場所であり、グラウンドに行ったり、キャンパス内を歩いているだけでストレス発散になる最高の場所でした。住み慣れた(26年暮らした)この地を離れて、新しい土地へ家族を連れて行くことには不安もありますが、すべて荷物を残していくため、またこの地へ帰ることができると信じて頑張ってきたいと思います。キャンパス内の奥様方から、なぜ単身赴任で行かないのかといったドキッとするようなご意見も多々いただいております。とても心苦しいのですが一人では生きていけない人間ですので、2年ほど我慢していただけたらと思います。また帰ってきた時には私たち天野ファミリーを温かく迎えていただけたら幸いです。脇野利行・苑子さん 14年前、アドベンチスト・ライフに載っていた「広島三育学院の食堂職員募集」の記事が目に止まりました。当時、すでに2人の娘が沖縄三育中学校に行っていました。いちサラリーマンの給料では、下の2人の息子を三育に送ることは経済的に困難でした。でも、もし三育で働ければ、どうにか4人の子どもたちに三育教育を受けさせることができるだろうと思い、転職しました。 不安の中、和歌山から広島へと新しい生活をスタートしました。皆さん優しく迎えて下さり、「すぐそこの世羅」と言って(遠かった..笑笑)連れて行って下さいました。ここに来られて、息子たちを日が暮れるまで安心して遊ばせることができ、また経済的にも支えられて、子どもたちに三育教育を受けさせることができました。 教会、そして学校で多くの方々と楽しく交わることができて本当に感謝です。北浦の地においても良き奉仕ができますようお祈り下さい。神様のお守りと、皆様の親切に心から感謝いたします。ありがとうございました。玉那覇直大さん 12年間、大変お世話になりました。この広島で過ごした12年間の思い出は沢山あります。生徒や先生方との交わりはもちろんこと、運動部の交流試合や練習見学、関係者との出会い。毎年恒例「三育卒業生との甲子園観戦」(平山先生は昨年欠席)などなど。中でも忘れないのは、毎週日曜の朝に開催していた大和キャンパスキッズを集めてのスポーツ教室です。野球、サッカー、バスケットなどを行いました。 野球は、高校野球部の生徒にもお手伝いをお願いしました。高校生は、自分達がかかわった子ども達が数年後に高校野球部の中心選手になることを想像しながら練習相手になっていました(写真)。お父さんやお母さんを交えて小グラウンドで親睦試合を行ったこともありました。そうした中で、キャンパスの子ども達の心の成長を見られたことはとても幸せでした。 自分がスポーツ教室でかかわった子ども達がどう育っていくのか、6年後、10年後、この小学生達が三育学院のスポーツや学校でどう活躍するのかとても楽しみにしています。これからも行く先々で子ども達の将来を見据えて接して行きます。土手有希子さん 気づけば7年目のキャンパス生活が終わろうとしています。「キャンパスで一番の思い出」ということですが、振り返ると「当たり前に過ぎゆく毎日」がかけがえのない思い出と感じています。生徒とともに起床コールで目覚めた、スミルナ寮での日々、寮とは違う顔を見ることができた学校での毎日。特に丸子山に引っ越してからは、静かで小鳥のさえずりが聞こえる朝に感動し、満月の日には明るく、新月の日には星の瞬きを見上げながら帰った夜道。色とりどりの花や緑の美しい瞬く間に終わる初夏、梅雨が明けセミの鳴き声が響く夏、紅葉の美しさもつかの間、冷たい風が吹き空気がピンとなる冬の訪れ……と、季節の動きを肌で感じることができました。このように守られ、神の愛、多くの恵みを感じることができる環境に住めたこと、そして温かく声をかけて下さったキャンパスの皆様一人一人に感謝しています。ありがとうございました。進藤瑠都さん 皆さんこんにちは。この度、私は4年間お世話になりましたこのキャンパスを後に、新しい場所へと旅立つことになりました。大和キャンパスでの一番の思い出と題を頂いておりますが、一番を決めるのは大変難しいほど、たくさん色いろあった4年間でした。ですが、中でも鮮明で、なおかつ貴重な体験だったと思う「韓国三育見学研修旅行」について書いてみようと思います。 ちょうど3年目の春を迎えようとしていた頃、食堂課長、そして校長からパスポートを取得するよう言われました。そして5月の連休明けに4人の教師と共に渡韓し、2校の中学・高校、3校の小学校を見学いたしました。中でも千名弱の菜食給食を提供している管理栄養士さんとお話しできたのは貴重な体験でした。4、5名の調理師たちと、できるかぎり加工品は使わず、手作りを心がけている等の話を聞いて感動を覚えました。隣国の菜食文化に浸れて、とても良い体験となりました。 4年間祈り支え、かわいがって下さりありがとうございました。久保杏奈さん 4年間このキャンパスで本当にお世話になりました。キャンパスでの思い出は、本当に貴重なものが多くて、何が一番の思い出か選ぶのはとても難しいのですが、いろいろな思い出を振り返る中で、改めてたくさんの方々の支え、また助けていただいたことを感じています。こんなにも温かく、信頼できる方々の中で働き、生活させていただいた経験は、自分のこれからの人生においても貴重な経験であり、大切にしていきたい学びであったと思います。春からは大多喜の三育学院カレッジの方で1年間勉強させていただきます。この4年間で得た学びを糧に勉強に励み、また成長した姿で皆様にお会いできたらと思います。4年間本当にありがとうございました。金谷正信さん 一昨年の高校ピクニックで三瓶山に同行したことをきっかけに、休みの日はときどき、沢や山などの遊歩道を歩くようになりました。石見銀山の史跡を見て歩いたときは、2月の雪がちらちらと降る中でした。途中から雪は止みましたが風が冷たかったです。そんな中でも山の中でフキノトウを見つけ、いち早く春の訪れを体感することができました。 三原久井インター近くの御調八幡宮から、三原駅すぐ北の桜山まで山道を縦走する登山道があります。ここを歩いた時は、ピークのいくつかからは瀬戸内海を見ることができましたが、それ以外は右も左も前も、見えるのは山、山、山で、行く先が見通すことができないのは不安でした。ときおり吹く暖かい風の中に佇む百合の花が励ましになりました。 庄原の比婆山連峰にはブナ純林があり、昔からそこにある自然を一日中満喫することが出来ました。夏も終わるころだったのですが、秋で赤く色づいた頃にもまた来たいと思いました。 さて、竹屋ではどのようなことを体験できるか。4月からの新しい生活が楽しみです。石橋 湧さん キャンパスの思い出はたくさんありすぎて書ききれませんが、今年度一番の思い出といえば、生徒たちと音楽を通してかかわることができたことだと思います。私は音楽が大好きで、特にピアノは小さい頃からずっと習ってきました。そのためさまざまな生徒たちから伴奏を頼まれたり、曲のアレンジを頼まれたり、時には音楽の理論等について教えて欲しいといわれて、とても嬉しく思っていました。音楽を通して生徒たちと仲良くなれたこと、その生徒たちと一緒に賛美することができたこと、またピアノを弾くという賛美の手段が与えられたこと………神様に感謝することがたくさんあると気付かされた1年でした。1年間、このキャンパスでたくさんの良い思い出を作ることができ、本当に良かったです。ありがとうございました。
奥秋勇気(高1)くんが、2月27日に、坂田蘭磨(中3)、本郷崚(中3)、足立実来(中2)、鈴木佳恵(中2)さんが3月5日に、阿久南アントニ(小4)くんが3月12日に、それぞれバプテスマを受浸されました。今後の信仰生活が主にあって支えられますようお祈りいたします。