Summer Church Schoolサマーチャーチスクール2017 7月23日(日)に広島三育学院キリスト教会でサマーチャーチスクール(SCS)を行いました。今回のテーマは「LOVE」と言うことで、神様から私たちへの愛を伝えるメッセージを3回に分けて、池宮城義一牧師にしていただきました。1日だけのプログラムですので、参加者と教会員の交流を深めることを目的とし、午前中はカレー作り、午後は1,300個の水風船で水風船合戦をして楽しい時間を過ごすことが出来ました。
カレーは三育フーズのカレー粉を使い、具材のほとんどは教会員からの献品で賄われました。小学生を2グループに分けてスタートしたカレー作りは、食堂の先生に指揮をとっていただき、野外での調理作業はPFCの先生にご指導いただき万全の体制でした。しかし、活動が始まると、慣れない場所で緊張しているためか、落ち着かない児童がいました。その対応に少し戸惑っていると、あるスタッフが、その児童をグループのリーダーにして幾つかの役割を与えました。するとどうでしょう。見違えるように落ち着き、意欲を持ってグループのリーダーとして活動し始めたのです。私はその時、聖書に書かれている「人は外の顔かたちを見、主は心を見る」という言葉を思い出しました。 SCSは普段小学生が通っている学校とはちがいます。人を教え、戒め、正しくし、義に導くのに有益な「聖書」を教科書としています。そこで教える私たちが、人の外側を見ていたのではよい伝道が出来ません。神様がされるように、子どもたちの心を見るようにしなければと改めて気づかされた出来事でした。
私たち教会員・教師・牧師の目的はたった一つ、「一人でも多くの魂を神様の元へ導くこと」です。ただ、そのための方法は数限りなく存在します。今回のSCSも、そんな数限りない方法の中の一つです。それぞれの教会員に与えられた多種多様なタラントを生かして、ただ一つの目的に向かって力を合わせ、これからも進んでいきたいと思いました。(野口義道)
万事を益としてくださる神さま
渡部 玲子/家庭会主催のあかし会(6月10日)より
「子育てと教会」(連載/第2回)
結婚して1年はこの広島で過ごし、主人の転勤により、5年間沖縄三育中学校男子寮の中に住まわせていただきました。沖縄で大変だったのは水不足でした。まだ水道が通っていなくて、
タンクの水のみを使っていたので、たびたび水が出ない事態に遭遇しました。上の子が小さい時、紙おむつでなく布おむつだったため、湧き水で食器を洗ったり、おむつを洗ったりして、何とも原始的な生活をしていました。でもそれなりに楽しかった思い出です。その後こちらに戻ってきて、あっという間に30年が過ぎてしまいました。最近になって、いろいろなことを思い出します。 戻ってきて最初にびっくりしたのは、ここでの安息日の過ごし方が厳しかったことです。当時ログチャペルはまだなくて、子どものクラスはゆりかご組、サムエル組、幼稚科と3つに分かれて、学校の教室で行っていました。サムエル組は2歳から。しかも年度始めにクラスが変わるので、遅い月生まれの多かった下の子の学年は、おむつをしたまま親と別れてサムエル組に上がっていきました。沖縄でのびのび子育てしていた私にとっては、何とも居心地の悪いものでした。厳しい先輩お母様の目があり、安息日の過ごし方などもしっかり教えられました。礼拝は一般教会がないため、中学男子寮の礼拝室で、小さな子どものいる母親たちは、後ろにカーペットを敷き、そこに座って子どもたちと「静かに、静かに」と言いながら、肩身の狭い思いで過ごしました。ギャーと子どもが泣いたりすると、一斉に先輩お母さんの鋭い目がこちらに向き、礼拝を聞くどころではなかったのを覚えています。小さい子どもを連れての移動も大変でした。教会員の方々の会堂建築のための約束献金、そして皆様の犠牲と奉仕のもと完成したログチャペル、そしてオルガン献金の呼びかけにより購入されたオルガンなど、すべて整ったときは、本当に嬉しかったのを覚えています。
この山の中で、子どもたちも自然を通してたくさんの経験をしました。特に息子は生き物が大好きで、家の周りではトンボやちょうちょを追いかけまわし、マラナタではカブトムシやクワガタを朝早く捕りにゆき、川では魚やザリガニ、ヤゴなどを捕まえに行っていました。我が家の玄関には大きな魚の水槽がありました。家の中にはあらゆる幼虫がいました。みみず、カエルまでいて、家中息子のコレクションであふれかえっていました。息子は、巣から落ちたはげはげのシジュウカラを成鳥になるまで育て、結局なついてしまい離せなかったのですが、野生に返してあげるべきでした。ついには有精卵を買ってきて3羽のにわとりが誕生するという素晴らしい生命の不思議まで息子を通して体験することができました。品川先生のお母様から「お宅の坊っちゃんは安田口のファーブルと呼ばれていなさるっちゃね。ファーブルもかわっちょるかわっちょると言われていなさったけれど、りっぱになりなさったとよ」と、ほめられているのか慰められているのか分からないようなお言葉をちょうだいしました。この大和町という自然の中で、神様の愛がいっぱい詰まった中で過ごせて、子どもたちも幸せでした。 4年間、コミュニティーホームでの幼稚園の働きもさせていただきました。大切なお子様をお預かりして、行き届かない面もあったと思いますが、キャンパスキッズたちは純粋で、可愛らしく、楽しく幼稚園をやらせていただきました。資金作りのため幼稚園の親たちでいろいろなものを作ったり、各家庭からいらなくなったものを集めて行ったバザーが大盛況だったこと、深く思い出に残っています。たくさんの方々のご協力に感謝いたします。また幼稚園の活動では、大和町のさまざまな方々のお世話になりました。郵便局のお仕事、警察のお仕事をていねいに説明していただきました。消防署では実際の防火服を着させていただきました。幼稚園に突然前触れもなく消防車と救急車が現れ、子どもたちを乗せて学校の中を何周もしてくださった時は、子どもたちはもう大変な喜びようでした。
幼稚園での働きの後は、食堂で働かせていただきました。個性的な方が多く、あちこちでトラブルが続いて大変な時期もありましたが、3人の祈りの友ができたのは、私にとって大きな祝福でした。毎日、昼休みに、私を含め4人で祈り、信仰的にとても充実した時を送ることができたのです。この祈りのきっかけは私の娘のことでした。兄に比べて全く手のかからない子で安心していたのですが、三育の看護短大の1年生の時、娘から電話がかかってきて、「私、看護師は嫌だ。別のことをしたい」と言い出しました。びっくりした私は、当時食堂で働いていた仲間に相談すると、「とにかくみんなで祈りましょう。神さまが導いてくださるから」と言われ、昼休みに4人で祈ることとなったのです。(奇跡と感動の最終回に続く...)