~入信、そしてSDAに~

投稿日: Nov 05, 2009 8:46:58 AM

「三育はこぶね」204号より、東広島集会所 中西 静子姉 記)

昭和25年前、私は20才で旧制度の中等教員養成の専門学校を卒業し、瀬戸内の因島高等学校に奉職しました。戦時中の女学校は学徒動員で学力不足、戦後は物不足時代の教育を受け、実力の乏しい家政科教師として、2才年下の女生徒を前にして、不安一杯の職業婦人としての出発でありました。

大先輩の教師から教えられたことに、家事体験の少ない家政科教師は専業主婦の会に入り、学ぶようにとありましたので、羽仁もと子先生の婦人の友・友の会で実力を養いたいと願いました。

私は三人姉妹で農家の長女としての結婚が待っていますので、自宅に近い定時制高校に転勤して家に帰りました。それから呉友の会に入会して、「思想しつつ、生活しつつ、祈りつつ」を目標に家庭経営と共にキリスト教信仰にふれ、友の会リーダーの所属された日本キリスト教団呉平安教会に導かれました。

その頃、結婚当初のつれ合いが岡山県で勤務しており、そこを訪ねての帰路、三原駅から西条までの車中で親しくお話しして下さった方が、SDA広島教会の馬屋原ふく代様でした。私の母くらいのご年配で、『サインズ・オブ・ザ・タイムス』を贈ると言って下さいました。馬屋原様はご家族の投薬のため、島の医院に月一回行かれてお帰りのところでした。(今、思いますに、広島から遠路、生口島まで永井駿先生の漢方薬を求めておられた気がします。)

サインズが、教材研究の参考に、また信仰の糧となり、ヨハネ15章4節のみ言葉に導かれて、洗礼を受けたのは25才の時です。

それから勤務校が全日制となり、責任が増し、健康を害して次第に教会が遠くなったことは不幸なことでありました。

36年間の教職を両親介護のため退職してからは、西条ルーテル教会に出席できるようになりました。朝のラジオ福音放送「光とともに」の中から、大石幸子先生のメッセージテープをお願いして送って頂き、教会幼稚園に寄贈して喜んで頂きました。それから大石先生との文通が始まり、信仰の励ましを頂き、「サインズ」1年分を北海道のお方を通して贈って頂き感謝でいっぱいでした。

SDAの通信講座三種を受講し、最後の感想文に三育教会の礼拝に一度出席したい思いを書きましたところ、2004年5月18日の午後、突然に文書伝道者の羽鳥とし子様の来訪を受けました。東広島集会所の案内を頂き、羽鳥さんの半生の信仰体験を聞かせて頂き、その週末の5月22日安息日礼拝に初めて出席し、翌日の三育バザーも案内され一人で出かけました。それから5年、教課で聖書を学び、礼拝でみ言葉を聴き、教会員の交わりの中で、その信仰にふれさせて頂けることに平安と希望があります。

2008年11月1日に、松並孝次郎牧師先生により、SDAに転入させて頂きました。今後は主にある私の平安と希望を、家族・親族、周りの人に感じさせられるように生かされたいです。