ラクイ・ジス・オールド・マン

投稿日: Sep 21, 2009 12:47:10 PM

ヒルズバーグ大学の学長であったウイリアム・C・グレンジャーと教え子の大河平輝彦がSDAの使命を携えて横浜に足を降ろした1896年から溯ること19年。1877年4月16日、もう一人のウイリアムが札幌を去った。ウイリアム・S・クラークである。彼はマサチューセッツ州立農科大学の学長であったが、彼もまたグレンジャーと同じくその職を捨てて来日、札幌農学校教頭として、北海道開拓に深く関わった。その働きはわずか8ヶ月間に過ぎなかったが、彼の残した影響力は著しく、内村鑑三や新渡戸稲造の生涯を決めたと言っても過言ではない。

このクラークの名句「ボーイズ・ビー・アンビシャス(少年よ大志を抱け)」に続く次の言葉については諸説あるようだが、「ライク・ジス・オールド・マン(この老人のごとく)」が正しいようだ。10代の少年達に向かって、50歳の自分のようになってほしいと語るとは、クラークは何と自信に満ちあふれていたのだろうか。自分を手本として提示できるなんて、失敗ばかりの私にはうらやましい限りである。

しかし、この「自分のようになってほしい」という言葉こそ、今、SDAに必要とされる精神ではないだろうか。キリストは「私が行ったようにあなたがたも行いなさい」と勧め、パウロもまた「短い時間であろうと長い時間であろうと、王ばかりでなく、今日この話しを聞いてくださるすべての方が、私のようになってくださることを神に祈ります」(使徒言行録26:29)と言った。

救われた喜びに満ちたSDAでなければ、伝道に自信をもてない。正しいだけではなく、愛に満ちたSDAでありたい。SDAであることに自信をもち、クラークのように胸を張って、キリストに倣う「私のように」なってくださいと周囲の人に語ることができたら、伝道はもっと進むに違いない。その時グレンジャーの志は果たされる。(「三育はこぶね」106号 斉藤愛輝先生記)