「11匹目のカマス」

投稿日: Jan 25, 2010 7:31:3 AM

最近、パラダイム・シフトについての面白い話を聞きました。すでに教職員礼拝でもお話ししたのですが、本紙面を通してもお分かちしたいと思います。

パラダイムとは、状況や物事に対する見方、考え方のことです。それが変わることが、パラダイム・シフト。パラダイムは当然人それぞれによって違います。しかし、集団そのものが同じパラダイムを共有していることはよくあることです。一度持ったパラダイムは簡単には変わりません。変えられないと言ってよいでしょう。刷り込まれていることが多いからです。しかし、難しいと言っても、変えられないということではないのです。パラダイムの変化は可能です。そのパラダイムの変化をパラダイム・シフトと言います。どうしたら刷り込まれたパラダイムを変えることができるのか、そのお話を聞いたのです。

カマスという、小魚をエサにしている魚がいるそうです。カマスと小魚を同じ水槽に入れれば、たちまちカマスは小魚を食べつくしてしまいます。そこで、10匹のカマスとたくさんの小魚を同じ水槽に入れるのですが、カマスと小魚の間に透明のアクリルの板を置いてみます。すると、カマスは小魚に近寄ることができず、食べることができません。やがて、カマスにパラダイムが刷り込まれます。「小魚を食べることはできない」。しばらくして、透明のアクリル板を取り除きます。小魚がカマスの回りを泳ぎ始めます。しかし、カマスは決して小魚を襲わないというのです。パラダイムが刷り込まれているからです。

私たちもさまざまな経験からいろいろなパラダイムを刷り込まれています。教会であれば、「日本の伝道は難しい」、「教会に若者は集まらない」、「楽しい教会生活は夢の夢」・・・・。人生であれば、「重い荷物を背負って坂道を登るようなもの」・・・・。人間関係であれば、「難しい」、「疲れる」・・・・。一体どうしたらこのような否定的なパラダイムを変えることができるのでしょうか。パラダイム・シフトを可能とすることができるのでしょうか。

先ほどの、カマスと小魚の話に戻ります。もし、カマスが小魚を食べられないとすれば、やがてカマスは死んでしまいます。カマスを救わねばなりません。カマスの「小魚を食べることはできない」というパラダイムを変えてやらねばならないのです。どうしたらよいか。方法があります。その方法とは・・・「小魚を食べることはできない」というパラダイムを持っていない11匹目のカマスを水槽に放つことだそうです。11匹目のカマスは、否定的なパラダイムを刷り込まれていません。ですから小魚を悠々と食べ始めるのです。そして・・・やがて10匹のカマスもパラダイムをシフトされ、小魚を食べ始めるというのです。

信仰に生きるクリスチャンとは、まさにこの11匹目のカマスのような存在ではないでしょうか。特に否定的な刷り込みから解放され、キリストにあってすべてが可能だと考える11匹目のカマスが、いま求められています。

(2009年12月発行 「三育はこぶね」205号 島田真澄牧師 記)